帯状疱疹ワクチンについて
帯状疱疹とは
帯状疱疹は、水痘(みずぼうそう)にかかった後に神経細胞に潜伏していた水痘帯状疱疹ウィルスが再活性化しておこる病気です。疲労や加齢によって免疫力が下がると、ピリピリとした痛みに始まり、赤い発疹が増えてきます。発疹と神経痛が特徴です。そして、帯状疱疹の一番厄介なことは、その後遺症です。代表的な後遺症として帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia, PHN)があります。これは、非常に長期間持続する後遺症です。
帯状疱疹のウィルスと水痘のウィルスは同じもので、水痘帯状疱疹ウィルス(varicella-zoster virus)と名づけられています。水痘に罹患したあと、水痘の症状が治まっても、ウィルスは体からは消えることはありません。脊髄の中にある神経細胞である脊髄後根神経節(三叉神経節を含む知覚神経節)に潜伏しているのです。加齢や免疫能低下などによりこのウィルスが再活性化すると帯状疱疹が発症するのです。再活性化したウィルスは神経節支配領域の皮膚上皮細胞に到達し, 帯状疱疹を発症させます。帯状疱疹の合併症である帯状疱疹後神経痛 (PHN) は, 皮疹消失後3カ月以上疼痛が持続する病態です。この神経痛は、高齢者に高頻度で見られる厄介な後遺症です。
感染症流行予測調査によると、我が国の成人の水痘帯状疱疹ウィルスに対する抗体保有率(酵素抗体法による)は90%以上だそうです。つまり、我が国のほとんど成人の体内に水痘帯状疱疹ウィルスが潜伏しているのです。85歳の人の約半数が帯状疱疹を経験しているという報告もあります。80歳までに3人に1人が帯状疱疹を経験すると言われています。
現在、水痘ワクチンは幼少時に定期接種を行うようになりました。そのため水痘患者が激減しました。水疱瘡(みずぼうそう)は死語に近いくらいです。そのために、われわれは水痘帯状疱疹ウィルスに対するに接する機会が少なくなり、たとえ一度罹患したことがあっても、その後に暴露がなかったため、水痘帯状疱疹ウィルスに対する免疫力が低下し、帯状疱疹が増加したのかもしれません。
昔は、幼児はみんな水痘にかかり、町中に水痘が広がっていました。だから、大人も日常的に、このウィルスに暴露されていました。その大人は既に子供の時に水痘に罹患していたので、発症することはなく、逆にウィルスに対する免疫が強化されていたのでしょう。
50歳以上の帯状疱疹
現役ミドル世代は、年齢とともに免疫力が低下し始めます。水痘にかかったことがある人の免疫力が落ちると、帯状疱疹を発症するリスクは高まります。加齢や疲労で免疫力が低下すると、帯状疱疹を発症するリスクは高まります。帯状疱疹は外来で治療される場合が多いのですが、3.4%が入院を要したという統計があります。つまり、帯状疱疹は軽く見てはいけないのです。その理由は、帯状疱疹は様々な合併症を引き起こすからです。 合併症として、帯状疱疹後神経痛、RamsayHunt症候群、眼合併症、髄膜炎•脳炎、血管炎・脳梗塞、横断性脊髄炎•運動神経炎、内臓播種性水痘帯状疱疹ウィルス感染症などが知られています。
帯状疱疹後神経痛(postherpeticneuralgia: PHN)
その中でも頻度が多いのが、帯状疱疹後神経痛です。帯状疱疹後におこる神経痛、帯状疱疹後神経痛は強い痛みが数か月から数年、一生涯続くこともあり、大変つらいものです。発症頻度は年齢や症例定義、報告によって異なりますが、PHNは帯状疱疹患者の10-50%で生じます。特に、高齢者ではPHNに要注意です。また、PHNは帯状疱疹発症時の疼痛の程度、皮疹の数も関係しています。つまり、高齢で、発疹がひどく、疼痛も強ければ、強いほど神経痛の発症が多いのです。
PHNは、皮疹とともに皮膚や神経に影響が現れ、皮疹が治癒した後に遷延する、焼けるような痛みが特徴です。これは、高頻度で生じ、帯状疱疹にかかった人の5%〜20%に合併するとされています。特に60〜65 歳以上の方では20%、80歳以上の方では30%以上に生じ、年齢が高くなると罹りやすくなります。根本的な治療法はありません。一度出現すると一生治らないこともあり、厄介な代物です。この神経痛の予防のために帯状疱疹ワクチンをお勧めします。
帯状疱疹予防のワクチン
水痘ワクチンを流用する:弱毒化ウィルスの 生ワクチン(国産)1回接種
シングリックス:遺伝子組み換え法の不活化ワクチン(MSD社製)2回接種
① 帯状疱疹ワクチンの安全性
どちらのワクチンも安全性については問題ありません。
ビケンの帯状疱疹ワクチン:50歳以上を対象とした国内臨床試験では、ワクチン接種後6〜8週までの副反応の発現割合は50.6%でした。そのほとんどが、局所の発赤や腫脹で重大なものはほとんどありません。
シングリックス(帯状疱疹ワクチン):ワクチンにより生じたと思われる重篤な有害事象の発現はありません。頻度が多い副反応として、注射部位の疼痛、発赤、腫脹、掻痒感、熱感のほかに悪心、嘔吐などの消化器症状、頭痛などが報告されています。
② ワクチンの比較
■2つの共通点 注射で投与し、水痘・帯状疱疹ウィルスに対する特異的な免疫力を高めます。いずれも、50歳以上の方に使用できます。
■ワクチンの効果 「水痘ワクチン」はやや弱めです。60歳以上に使うと、帯状疱疹の発症が おおむね半減し、帯状疱疹後神経痛は約1/3にまで減ります。「シングリックス」は非常に強力です。帯状疱疹の発症頻度は、50歳以上の試験で3-5%にまでに激減し、70歳以上でも10%程度まで大幅に下がりました。帯状疱疹後 神経痛もそれに見合って減少します。
■副反応 いずれも重篤な副反応はまれですが、注射部位が腫れます。副反応は「水痘ワ クチン」では軽く、「シングリックス」は強いです。これは、後述するようにワクチンの効果が強力であることの裏返しです。なお、生きたウィルスを含む「水痘ワクチン」は免疫機能低下の人には使えません。
■価格と注射回数
当院価格:
「水痘ワクチン」8,000円X1回=8,000円
「シングリックス」22,000円X2回=44,000円
③ どちらがよいの?
効果の差は明らかです。ただし、費用対効果を考える必要があります。帯状疱疹を 発症する可能性は、60歳以上だと1年間で100人に1人程度です(1%)0かかった場合に、本当につらい帯状疱疹後神経痛になるのは、その10%です。高齢になると、帯状疱疹後神経痛の頻度は増加し、30%近くに神経痛が残ります。つまり、高齢になればなるほど、帯状疱疹後神経痛に罹患するという可能性が高くなるということになります。それを減らすのがワクチンです。より確実に減らすのがシングリックスということになります。ワクチンの効果の持続期間については、まだ十分なデータがないので、追加接種の必要性は不明です。帯状疱疹後神経痛は命に関わるものではないのですが、神経痛は死ぬまでついて回る厄介ものです。どちらのワクチンを選ぶかは価格と効果を天秤にかけて、個人個人でお決めになることだと思います。私見ですが、シングリックスをお勧めします。
ワクチンの種類 (商品名) |
生ワクチン |
不活化ワクチン |
接種方法 |
単回皮下注射 |
1回目の接種から2~6か月 |
帯状疱疹発症の |
1.3年で70%(50~59歳) 3.1年で 64%(60~69 歳) 3.1年で38% (≧70歳) |
3.2年で96.6%(50~59 歳) 3.2年で97.4%(60~69 歳、 1年で97.6%, 3年で84.7% (≧70歳) |
帯状疱疹後疼痛(PHN)の予防効果 |
65.7%(60~69歳) 66.8% (≧70 歳) |
91.2% (≧50歳) 88.8% (≧70歳) |
予防効果の持続期間 |
接種後7~8年で21~32% 9~11年以降は期待できない |
今後の検討待ち |
備考 |
妊婦,免疫不全者に禁忌 |
価格が高い |
谷崎 隆太郎:一歩進んだ臨床判断 [第10回] 高齢者に勧められるワクチンは 医学界新聞(医学書院)2020.4.27号より引用 |
接種について
接種について ワクチンは予約制になります。シングリックスの場合は、高価なワクチンで、事前に取り寄せいたし ます。よって、キャンセルはお受けできません。日程の変更はお受けいたしますので、ご連絡をお願いします。なお、 事前に、お電話で確認させていただく場合がございます。
余談: 新型コロナワクチンとの関係
コロナワクチンを接種すると帯状疱疹に罹患しやすくなるというニュースをときどき目にします。私は、これは、真実ではないと思っております。確かに、現場では帯状疱疹に遭遇する機会が増えているという漠然とした印象がありますが、その増加する科学的根拠(理屈が通らない)がないこと、増加したという研究はいずれもエビデンスレベルが低い研究方法に基づいていることを見ると、真実ではないと考えるほうが一般的です。最近、その可能性を否定する研究がいくつか発表されています。
Akpandak I, et al. JAMA network open. 2022 Nov 01;5(11); e2242240. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2022.42240.