新型コロナウィルス感染症(CoVID-19)と循環器疾患
(画像提供 国立感染症研究所)
コロナという名前
コロナウィルスが話題になっています。なぜ、コロナという名前がついているのでしょう?コロナとは日本語に訳すと光冠となります。それでもピンとくる人はいないでしょう。太陽を見ると太陽の周りは明瞭な輪郭ではなく、けば立ったようなたてがみのような炎が囲んでいることがわかります。光を発生する物体の周囲に淡い光の輪が光冠です。光冠は、空気中の水滴によって光が回折するために生じる自然現象です。
コロナウィルスの種類
コロナウィルスは、ヒトに感染するコロナウィルスをHuman Coronavirusヒトコロナウイルスといいます。これには7種類が知られています。そのうち、4つはHCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1で、普通の風邪を引き起こします。あとの3つが重篤な肺炎を起こす病原性の強いヒトコロナウイルスです。SARS-CoV(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス)とMERS-CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス)と、今回のSARS-CoV2(新型コロナウィルス)です。SARS-CoV2(新型コロナウィルス)は、コロナウィルス(SARS-コロナウィルス)とほぼ同じような性質を持っており、同じように対処すればよいと言われています。
SARS-コロナウィルス(SARS-CoV)
SARS-コロナウィルス(SARS-CoV)
SARS-コロナウィルスは,エンベロープという覆いを纏っています。そのエンベロープにはたくさんの突起(スパイク)がついています。コロナウィルスを電子顕微鏡で見ると、その突起を確認することができます。よくテレビにニュースのタイトル画像に出てくるウィルスの写真を注意深く見てください。円いウィルスの周囲に角のような突起があります。このスパイクはウィルスが細胞内に入り込むのに重要な役割を果たします。スパイクがヒトの細胞にあるSARS-CoV の受容体について、細胞に侵入するのです。スパイクにある蛋白がヒトの細胞にあるウィルス受容体と結合して、細胞内への侵入が始まるのです。
SARS-コロナウィルス(SARS-CoV)の細胞内侵入
SARS-コロナウィルスの突起は、ヒトの細胞のウィルス受容体と結合します。この受容体は心機能や血圧調整に大きく関与しているangiotensin converting enzyme-2(ACE2)であることが報告されています[i]。SARSコロナウィルスは、細胞表面の受容体であるACE2に結合し、ウィルスは、エンドソームという袋に格納され、細胞内に入り込みます。エンドソームとエンベロープは同じような性質なので融合し、エンベロープが開いて、エンベロープの中にあるRNAが細胞内に侵入するのです。
循環器の薬とCOVID-19
アンジオテンシン変換酵素II(ACEII)について
ACEIIは気管支,肺,心臓,腎臓,消化器等の多くの種類の組織で発現している糖蛋白です。アンジオテンシン変換酵素I(ACEI)は、アンジオテンシンIのC末端から2アミノ酸を切断することにより8個のペプチドのアンジオテンシンIIを生成する酵素です。ACEIIはアンジオテンシンIからアンジオテンシン(1-9)あるいは、アンジオテンシンIIからアンジオテンシン(1-7)を生成する酵素です。つまり、ACEIは、アミノ酸を2つ切断しますが、ACEIIはアミノ酸を1つだけしか切断しないのです。ACEIIはアンジオテンシンIIへの親和性の方が、アンジオテンシンIの親和性よりも高いので生体内では、アンジオテンシンIIをアンジオテンシン(1-7)へ変換することが主たる作用であると考えられています。なおアンジオテンシン(1-9)にACEIが働いてもアンジオテンシン(1-7)が生成されます。ACEIIを生まれつき持っていない実験動物は、アンジオテンシンIIが増えるので血圧が高くなると思われますが、さまざまな結果が報告され、まだ一定の傾向は見出されていません。 そして、ACEIIを生まれつき持っていない実験動物は、心不全になりやすいという報告や血圧がやや高くなるという報告までさまざまです。でも、ACEIIの重要な酵素作用は、ANG IIを代謝して血管拡張ペプチドANG(1–7)を形成し、循環および組織内の血管拡張ペプチドANG IIレベルを低下させることであることは一致しています。なので、ACEIIは、生体にとってよい酵素であると考えられています。
アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
ARBはレニンアンジオテンシンアルドステロン系の活性を抑制して循環器疾患の治療にはなくてはならないものである。ARBはアンジオテンシンIIAT1受容体を遮断するので、アンジオテンシンIIの濃度は高くなります。いくつかのARBは血中アンジオテンシンII濃度を高くすることが報告されています。オルメサルタンはACEIIを活性化させ、アンジオテンシンIIをアンジオテンシン(1-7)に変化させ、アンジオテンシンIIの血中濃度を上げないという報告があります 。しかし、エナラプリル、カンデサルタンやロサルタン、テルミサルタンを内服している患者では、その増加は見られないそうです。実験動物にARBを使用すると、心臓の細胞のACEIIが増加するという報告がありますが、ヒトでも同様なことが生じていることを示す研究はありません。 このACEIIが薬剤(アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)、アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB))によりup-regulation(増加)する可能性が論じられているのは、このような背景からです。ACEIIが多い方がSARS-CoVが細胞内に侵入しやすいということを類推できます。このほかにイブプロフェンもACEIIを増加させる可能性があると言われています。 ARBを使うとACEIIが増加し、SARS-CoV-2にかかりやすくなるという仮説 は存在するが、全てのARBで生じるのか、ヒトでも問題になるくらいに重大なこととして生じているのかについては、まだ明らかではないのです。 一方で、新型コロナ患者にARBを継続的に内服している患者では重症化リスクを高めるのではなく、むしろ急性肺障害から保護する可能性があるという主張もあります 。
ACEIもARBもCoVID-19には影響を与えない
米国心臓病学会、米国心臓協会、米国心不全学会、欧州高血圧学会、国際高血圧学会、欧州心臓病学会の勧告
CoVID-19に関連したACEIまたはARB治療の安全性について、十分な科学的根拠はまだありません。また、これらの薬物療法がCOVID-19の肺合併症に対して保護的に働くという証拠もまだ不十分です。そこで、世界中の学会は、新型コロナウイルスに関連してACEIおよびARBの有害な効果を裏付ける証拠はないことを強調し、安易にCoVID-19のためにACEIまたはARBによる治療を中止すべきではないと言っています。
最近の研究結果より
4月23日に発表された中国の武漢の1178例の症例の解析では、ACEIやARBを内服していても、内服していない場合と重症化率、死亡率に差はなかったとことが示されました[1]。さらに、5月1日にNew England Journal of Medicineに3つの研究論文[2],[3],[4]が発表されました。そしてこの雑誌のしeditorial[5]でも、関心を持ってこの話題を論じています。いずれもARBやACEI内服とCOVID-19の関係を調査したものです。これらの調査では、ARBやACEIを内服していてもCoVID-19により感染しやすいということもなく、重症化することもないという結果でした。心不全患者や糖尿病患者におけるARBやACEIの効能は、確立された事実です。そして、これらがCoVID-19に悪影響を与えないということが判明した以上は、ACEIまたはARBを中止すべきではありません。しかし、単なる降圧薬としてのARBが、他の降圧薬よりもより優れているという証拠もないことを勘案して、高齢者で降圧薬を新たに開始する場合には、考慮してもよいかもしれません。しかし、すでに、ACEIまたはARBを使用している場合には、敢えて他の降圧薬に変更しない方がよいと思います。
[1]Juyi L et al., Association of Renin-Angiotensin System Inhibitors With Severity or Risk of Death in Patients With Hypertension Hospitalized for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Infection in Wuhan, China. JAMA Cardiol. Published online April 23, 2020. doi:10.1001/jamacardio.2020.1624
[2] Giuseppe Mancia, et al., Renin–Angiotensin–Aldosterone System Blockers and the Risk of Covid-19. N Eng J Med May 1, 2020; DOI: 10.1056/NEJMoa2006923
[3]Mandeep R. Mehra et al., Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Covid-19 N Eng J Med May 1, 2020; DOI: 10.1056/NEJMoa2007621
[4] Harmony R. Reynolds, et al., Renin–Angiotensin–Aldosterone System Inhibitors and Risk of Covid-19 . N Eng J Med May 1, 2020; DOI: 10.1056/NEJMoa2008975
[5] John A. Jarcho, M.D., et al., EDITORIAL Inhibitors of the Renin–Angiotensin–Aldosterone System and Covid-19 N Eng J Med May 1, 2020 DOI: 10.1056/NEJMe2012924